November 03, 2010

「博多・天神落語まつり」2日目・魚釣り・美味中華

2010・10・30

落語まつり2日目。夜は仕事があるので、昼の1公演のみ行くことにした。

「桂塩鯛襲名公演」。

昔の桂都丸。私が大学生のころ、箕面の「メイプルホール」で月1回開かれていたざこばの落語会によく出ていた。
あれから20年近くたつ。
懐かしいなぁ。

桂そうば 鉄砲勇助
桂米団治 つる 
桂雀々  田楽喰い
桂南光  素人浄瑠璃
口上
桂ざこば 猫の災難
桂塩鯛  鯛

米団治は足を負傷し最近まで入院していたらしい。凛とした話しっぷり。雀々は枝雀の芸を正統に受け継いでいると思う。とても好き。南光は巧いなぁ。ざこばは、こんなもんでしょう。
塩鯛さん、うまくなりましたねぇ。涙。

で興奮したまま仕事に。

31日
会社の同僚と息子たちと海釣り。
計40匹ほど釣れて、みんな大喜び。

夜はお互いの嫁も連れて、お気に入りの中華料理店に。


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レバニラもから揚げも好き好き!
でも、一番うまかったのは、辛みそラーメン。汗かきながら完食。ごちそうさまでした。

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April 23, 2010

東京出張 初日

久しぶり1泊2日の東京出張。会議は初日の午後のみ。
あまり行く機会がないし、東京見物も楽しんじゃえ。

羽田に昼前到着。モノレール、JRと乗り継いで大森駅へ。

Oomorikaiduka

大森貝塚遺跡庭園を散策する。

大森貝塚は、アメリカ人の学者・エドワード・S・モースが発掘調査を行った。
来日した1877年、列車で横浜から新橋へ向かう途中、大森駅そばの崖に貝殻が積み重なっているのを見つけたという。
この発掘は、日本の考古学の幕開けとして、学史に残っている。
考古学を学んでいながら、ここを訪れるのは初めて。

Tonkatsu

昼食はお気に入りのとんかつ屋。脂身がたっぷりあって、もうたまりません。
2年ぶりの訪問。大将に顔を覚えられていてうれしかった。

Nakaochi

夜は同僚らと鮪料理の店。蛤の貝殻でこそぐようにして中落ちの身を食べる。
大変贅沢な料理なのだが、昼に豚の脂をたっぷり食べていたので、舌が少々疲れ気味。

Parkhoteltokyo

2次会に行く気は満々だったのだが、なんだか疲れてしまい、汐留のホテルに。
部屋は高層階。カーテンをあけると正面に東京タワー。贅沢な気分。23時ごろ寝ました。

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October 12, 2009

橘塚古墳・綾塚古墳の石室に驚いた

先日、北九州で1泊する用事があり、帰り道は苅田から筑豊を抜けて福岡に帰るルートを選んだ。

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石塚山古墳は、苅田町役場のすぐ隣にある。開発から取り残された森のようにみえる。
全長120㍍の前方後円墳で、前方部がバチ形に広がり、後円部の竪穴式石室から三角縁神獣鏡7面や銅鏃が出土している。
3世紀後半に造られたらしく、規模や副葬品から、豊前を代表する古墳です。


前方部に神社が建っていた。後円部の墳頂には窪みがあり、石室があったらしい位置がなんとなくわかる。
訪れたのは9月で、薮蚊がプーンと飛んでいて、ところ構わず刺されてかゆい。
こどもの頭ほどの石がごろごろ転がっている。石室のものか、葺石なのかはわからない。

次は、みやこ町の橘塚古墳。

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小学校校庭にあり、町の資料によると一辺が40㍍の方墳(「日本古墳大辞典」や「福岡県の歴史散歩」、現地の案内板には円墳とある)

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Dsc_0188びっくりした。事前の知識がないまま訪れたが、こんなに大きな石室が、(失礼だが)こんな田舎にあるなんて。
両袖式で全長16㍍。使われている石が大きい。










 
 
 

興奮醒めぬまま、ちかくの綾塚古墳へ。

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うおおお、ここも石室大きそう!!
思わず助手席で寝ている嫁と子を起こそうと思ったが、
この感動が伝わりそうにないので、そのままにしておく.

Dsc_0215Dsc_0208ここは円墳。町のホームページによると、「全国でも有数の石室をもつ古墳であり、豊前地方を代表する古墳時代後期の横穴式石室古墳です。(中略)石室の開口は古く、江戸時代から信仰の対象とされており、石室内には祭壇、石室の入り口には鳥居が立てられています。(中略)石室の構造などから6世紀後半から7世紀初頭の構築と推定」されている。
石室の全長は19.4㍍。残念ながら奥室には入れないが、組み合わせ式の家型石棺がみえる。

非常に満足した小旅行でした。

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March 10, 2009

発泡酒・田代太田古墳・焼き鳥「いっせい」

3月 9日 「アサヒOFF」。雑味あり、俺にとってはやや苦手な感じ。決してまずくはないが…。
      WBC韓国に敗れる。一塁側スタンドにいた林家ペー・パー子の姿が気になって仕方なかった
 
    8日 Dscn4705「クリアアサヒ」。結構美味。麦酒らしい味がする。売れているだけのことはある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

休みだったので鳥栖のアウトレットモールへ初めて行ってみた。
ロイヤルコペンハーゲンが安売りしていたので、ティーカップを買う。
帰りに田代太田古墳と、庚申堂塚古墳・安永田遺跡を廻る。
 
Dscn4680Dscn4690Dscn4693田代太田古墳は国指定の円墳。チブサン古墳のように三角紋が並ぶ装飾古墳。
壁画は年1回の公開らしく、見ることができなかった。
庚申堂塚古墳は、田代大塚のそばにある、6世紀後半の前方後円墳。横穴式石室で、玄室内部に赤色顔料が塗られていた。
2段築成ということがよくわかる。
安永田遺跡は、銅矛と銅鐸の鋳型が見つかった、弥生時代の青銅器鋳造遺跡。
久しぶりに遺跡を歩いて気分がいい
 
   7日 Dscn4649Dscn4650Dscn4654_2夜は家でビビンバ。混ぜて混ぜて、また混ぜる。コチジャンを入れて、また混ぜる。
焼酎「甕の雫」を開封した。薬品のような香りがわずかだがする
 
 
 
 
 
 
 
 
  
   6日 同僚と飲みにいく予定だったがキャンセル。自宅で大人しく焼き魚と豚汁。
 
   5日 Dsc_0040_2子供と一緒に門司港の鉄道記念館へ。
11時半ごろ小倉駅。14日に運転が終わる「はやぶさ」が約2時間遅れでホームに入ってきた。思ってもみなかった「遭遇」に喜ぶ。
記念館では鉄道模型とプラレールに夢中のわが子。「鉄分」高そう。
 
 
 
   4日 Dscn4607Dscn4609
夜は家族で西新の焼き鳥「いっせい」。「軟骨のポン酢炒め」は、タマネギの酸味が全く感じられず、甘くて旨い。
「銀だらみりん」も旨かったなぁ
子供は初焼き鳥に満足の様子

 
 
 
  
    3日 「シルクヱビス」。口当たりがびっくりするくらい滑らか。しかしヱビスらしい、しっかりとした味わい。
 
    2日 仕事で一日忙しかった
 
    1日 この日も仕事が忙しかった
 
2月28日 ミスチルのチケット、やはり取れず
 
   27日 夜は行きつけの居酒屋へ。
       〆のそばが無料なのが嬉しい
 
  26日 やはり仕事が忙しかった
 
  25日 この日も仕事以外の記憶がない

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June 09, 2008

沖縄・高松塚……夏休み終了

6月2日から、かなり早めの夏休み。沖縄行って、高松塚みて堪能してきました。


Img_17512日 いつものように夜勤明け。1時間ほど仮眠し、朝6時に家を出て、福岡から空路那覇へ。
レンタカーを借りて、10時半ごろ、名護方面へ向けて出発した。
途中、休憩がてら、お土産屋をひやかす。泡盛売り場で「泡波」を見つけたが、4500㍉リットルで7万円
古民家を改造して開業したという沖縄料理の店「大家」で昼食をとり、近くにある、パイナップルを主題にしたテーマパークへ。
従業員さんが熱心に土産物をすすめるが、ほしいものなし。
オリオンビールの工場に立ち寄り、
ホテルへ向かう。


Dsc_01603日 「ブセナテラス」というホテルに泊まった。ロビーは天井が高く、風通しもよく、開放感にあふれていて気持ちよかった。
ソファに腰を下ろし、仕事のことを忘れてぼーっとしてすごす。
この日は子供と二人でプール遊び。
顔に水がかかると激しく嫌がるが、
がんばれがんばれ、と2時間ほど泳ぐ。
夜はホテル内のレストランで琉球料理。
薄味ながらもしっかり味がついていて、美味。
おもしろかったのは「アロエ茶漬け」。
生ビール(オリオン)→泡盛。
部屋でワイン1本と缶ビール。
しこたま呑んでいい気分。


Dsc_0249_34日 激しい二日酔い。胃がひっくり返る。頭も痛い。朝ごはんはパス。
でもせっかくの沖縄に来たのにどこにも行かないのはもったいないので、
美ら海水族館へ。
ジンベイザメも大きいが、泳いでいる水槽もびっくりするくらいでかい。
昼はレストランで三枚肉そば。
夜はシーフードレストラン。市場のように食材が並んでいて、店員さんと話しながら選んで、好みの調理法で仕上げてくれる。紅ミーバイという魚の塩焼きが印象に残った。


Dscn0473_45日 朝食のバイキング料理はいつも取りすぎてしまう。
しかも、朝ごはんにもかかわらず、ソーセージやベーコンをたっぷり選んでしまう。
9時ごろチェックアウト。空港でレンタカーを返し、
モノレール「ゆいレール」に乗車。
2輌編成で可愛らしい。最前列の席に座って、運転手気分で楽しむ。
首里城が見えたり海ものぞめたりして約30分の小旅行を満喫した。
昼過ぎの飛行機で福岡に。


Img_18146日 午前5時に起き、朝一番の飛行機で大阪へ。
正午ごろに飛鳥に着き、解体された高松塚古墳の壁画を見学する。
西壁の女性群像は思っていたよりも綺麗に残っていた。
特にスカートは非常に鮮やか。ラインもくっきりしていて驚いた。
しかし、黒ずんだ漆喰の状態はひどい。かなり衝撃を受ける。
夕方に友と食事。久しぶりに「福寿司」へ。ウニとマグロもう堪りません。
近鉄奈良を20時半に出て、自宅には午前1時前に着く。この日1万7千歩余り歩く。

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February 24, 2008

呼子へ 萬坊・名護屋城・菜畑遺跡・久里双水古墳

21・22日は久しぶりの連休。
宮崎にプロ野球のキャンプを見に行きたかったが、
緊縮財政の昨今、不要な出費は認められず。
でも旨いもの食べて遺跡をみてストレス発散させたいと叫んで、
佐賀の呼子へ行ってきました。

自宅を9時半に出発。
途中、高速や有料道路を使い、11時ごろに着いた。

Dscn3500まだ朝市やってました。
子供と一緒に野良猫や座敷犬と戯れる。
嫁は試食した露店のおばちゃんの勢いに押され、
魚の味醂干しを10枚ほど買っている。
俺はイカの一夜干しを買いたかったけど、なんかピンとくるものがなく、
見送り。

Dscn3516波戸岬を散策し、昼食は海中レストラン「萬坊」へ。
いかしゅうまい発祥の店らしい。
桟橋を渡って店内に。地下へ案内されると、窓から海中を見ながら食事ができるようなつくりになっている。
でも海はにごっていて視界はほとんどない。
「イカコース」と「鯛コース」を頼む。

Dscn3528_2イカの活け造りもいかしゅうまいも、いたって普通。
特に活け造りは、期待していたよりも旨くなく残念だった。
鯛の荒炊きはほとんどが鯛の骨。身がちょびっとしかなく、かなり不満。
イカのげそや内臓の部分は天麩羅にしてもらえる。
これはなかなか美味。
とはいえ、全体的にはやや不満の残る食事となった。有名店だからこんなもんなのかなぁ。

Dscn3545近くにある名護屋城跡へ向かう。
豊臣秀吉のよる朝鮮半島侵略(文禄・慶長の役)のために築かれた城。
かなり広大で驚いた。
侵略戦争の愚かさを思わずにはいられない。

で、タラタラと帰宅。嫁と子は寝たので、
帰るついでに、唐津市内にある「菜畑遺跡」と「久里双水(くりそうずい)古墳」に立ち寄った。

Dscn3553菜畑遺跡は、縄文時代晩期の水田跡と農具が見つかった。
日本で最初に稲作が営まれた遺跡の一つ。
 
 
 
 
 
 
 
 
Dscn3566「久里双水古墳」は3世紀末~4世紀に造られた、全長108㍍の前方後円墳。
竪穴式石室から盤龍鏡や管玉が出土し、魏志倭人伝に出てくる「末廬国」の首長墓ではないか、との説もある。
古墳のそばに、石室のレプリカがあり、副葬品の出土状況がよくわかる。
堂々とした古墳で、立派に復元されている。

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January 22, 2008

板付遺跡

福岡空港から飛行機に乗るときは、
できるだけ進行方向右側の窓際の席を選んでいる。
離陸直後に「板付遺跡」が見えるから。

環濠が再現されている。
日本列島で最初に水田を開拓した人々の息吹が窓越しに、感じられる、かな?

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November 03, 2007

「加耶と倭」

考古学に興味のない人は読み飛ばしてください。


福岡と朝鮮半島は、距離だけでなく感覚的にも本当に近いと思う。
大学生の頃は、下関と釜山とを結ぶ関釜(かんぷ)フェリーや、大阪と釜山とを結ぶフェリーで、新羅の首都だった慶州や、百済の都があった扶余・公州の古墳や古寺を巡った。
一人で初めて海外を歩いたのも韓国。
ソウルの中心街・明洞で、
法外な値段を要求されるバーに入ってしまったため、有り金がほとんどなくなってしまい、
3日間、「とんがりコーン」なるお菓子1箱で食いつなぐという、
厳しい人生経験も積ませてもらった。

韓国に近しい感情を抱いているのは、古代からの交流があったからのも、その理由なのだろうが、
ただ、俺の中で消化しきれない問題が1つあった。
いわゆる「任那日本府」。
朝鮮半島の南部を、古代日本が支配していたという意見は、
根拠を持ってはいないが、
前方後円墳や日本製の武具が韓国内で見つかっていることなどから、
なんらかの影響やつながり、
もしくは倭が軍事侵略したのではないか、とも感じていた。

その疑問を解いてくれたのが、朴天秀さんの「加耶と倭」(講談社選書メチエ)

任那日本府はなかったし、倭が朝鮮半島に軍事侵略した痕跡もないということを、明快に示してくれた。

日韓の考古学の成果をもとに遺物や遺構を詳細に検討し、
その系統や編年をもとに古代のはなかった韓日交渉史を見なおすことを目指したという意欲作。

特に面白かったのは、第三章の『「任那日本府』ー百済と倭」。
韓国でこれまで13基の前方後円墳が見つかっているが、被葬者や築造時期をめぐって、
任那日本府との関係が語られることがある。
朴さんは、石室の作り方や副葬品、北部九州の出土品などをもとに、
前方後円墳の被葬者は、在地の首長ではなく、百済政権から招聘され、従属した北部九州の豪族であると論証している。
また、前方後円墳が築かれたのは6世紀前半で、いわゆる「任那日本府」が展開したとされる4世紀後半~5世紀代であることから、
日本府と前方後円墳とのかかわりもないこともはっきりさせた。

ほかにも、倭王権が、朝鮮半島からの先進文物と必需物資(鉄など)を恒常的に独占していたとは見られない、や、
韓国の学界に根強い、古代の先進文化やは朝鮮半島から日本へ一方的に伝わっただけでなく、
日本の文化はすべて朝鮮半島に起源をもつという認識に、厳しい反論を呈している。

刺激的な意見に富んでいて、
いろいろ紹介したいことがあるが、
みなさん、手にとって読んでみてください。

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November 02, 2007

平凡なる1日

きょう1日はお休み。
きょうの行動はというと…

子供の泣き声で、朝7時すぎに起きる。
「空腹だ~~~」と叫んでいるらしい。
8時過ぎ。子供の手術後の経過をみてもらうため、車で病院に向かう。
8時45分ごろ到着。

初診だったのでえらく待たされる。
 
 
まだかなぁ。
 
 
で、11時ごろやっと診断。
先生は説明上手で、こちらが1聞くと10教えてくれる。

病院を出たのが11時半ごろ。せっかく外出したのでそのままどこかへ行こうぜということで、博多大丸に。

大北海道展を散策し、とうきびチョコ・コロッケ・ジャガイモの饅頭(?)のようなものを買う。

お昼は東館5階の「さんるーむ」なる自然食系レストラン。
Dscn2173「黒豆のコロッケとなんちゃら豚のしょうが焼き」(1千円ちょっと)。
しょうが焼きはニンニク系のソースで美味だったが、いかんせん量が少ない。
まあ、大北海道展で試食をさんざんしたので、なんとか腹7分目になる。

クリスマスツリーがもう飾られている。今年も残り2カ月かぁ。

地下の食品売り場をぶらぶら。
Dscn2190お菓子の偽装が見つかった「船場吉兆」の大丸店はお休み。
家に帰ったら、お惣菜も偽装してたとのニュース。

いやはや。

いつもの「白玉屋新三郎」で「ぜんざい白玉」、
お酒コーナーで、ドイツとオーストリアのビールをそれぞれ買う。
車で帰宅していたら、
ちょうど息子が眠りに入った。
起こすのはかわいそうなので、
ドライブがてら、周船寺にある「丸隈山古墳」へ。
Dscn21985世紀前半に造られた前方後円墳で、
割石を積み上げてつくった、初期の横穴式石室が簡単に見学できる。
板石を組み合わせた石棺が2つ。
15年ほど前の大学1回生に見て以来の2度目。
はじめて見たときは、震えるほど感動したなぁ。

久しぶりに埴輪拾いをしてみたが、1つも見つからず。

見学を終えると、ちょうど子供も起きていたので、どこにも立ち寄らず、自宅へ戻る。

なんだかしまりがない、だらんとした一日でした。

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 1日  5153歩
31日 11223歩 「ヒューガルデンホワイト」の生を飲もうと店に行ったが、
            「当面入荷は未定」とのこと。
            激しく落胆。気を取り直し、
            アイリッシュパブの店に行くと、
            「ハロウィン」でギネス1杯500円ちょっと。
            1勝1敗の気分
30日  6044歩 なんだか体調悪し
29日  8069歩 夕食をとる暇がないくらい忙しかった
28日  5909歩 お休み。近所をぶらぶら
27日  5438歩 夜は黒豚居酒屋「FURUKAWA」。
            炙り焼きとエビマヨが美味

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October 27, 2007

面白すぎるぞ! 西都原古墳群①

西都原古墳群。

東西2.6㌔、南北4.2㌔の範囲に、総数311基の古墳がある。
内訳は前方後円墳31基、円墳279基、方墳1基。横穴墓や南九州独特の地下式横穴墓も混在している。
造られたのは、4世紀初め~7世紀半ば。
さまざまな形態と時期の墳墓が集まった古墳時代墓制の博物館といえる。(「宮崎県立西都原考古博物館コンセプトブック」による)

「風土記の丘」として整備されているので、
気軽に散策できます。
小さい円墳が愛らしかった。ああ、面白かった。
古墳フェチにはたまりません。

Img_0028171号墳
方墳で、一辺が25㍍。
女狭穂(めさほ)塚古墳の陪塚。
葺石と円筒埴輪列が確認された。
墳頂に、復元された家形埴輪が置かれている。
周囲に生垣があり、中に入れず。
登ってみたいなぁ。

Img_0046169号墳
直径44㍍の円墳。
男狭穂(おさほ)塚古墳の陪塚。
大正元年(1912年)の第一次発掘調査で、
重要文化財に指定された子持家形埴輪と船形埴輪が見つかった。
イングランドにあるイギリス最大の円墳「シルバリー・ヒル(Silbury Hill)」と、雰囲気が似ているなと、なんとなく思う。
 
 
Img_9877日本考古学を切り開いてきた人たちの名前が、そこかしこに。
なんとなく襟を正してしまう。
梅原先生って83年まで生きておられたんだ。
 
 
 
 
 
Img_9865_2199号墳
全長58㍍の前方後円墳。
出土した土師器から、4世紀初頭の築造とみられる。
前方部は2段、後円部は3段築成。
桜島や霧島山の噴火などの影響だろうか。
盛り土が黒いことに驚く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26日  5541歩 目を酷使。疲れ気味。

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